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浦和地方裁判所 昭和57年(ワ)146号 判決 1983年11月28日

原告

吉村定男

被告

添田文男

主文

一  被告は原告に対し金二二七万五一七九円及びこれに対する昭和五七年三月二日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを一〇分し、その一を被告の負担とし、その余を原告の負担とする。

四  この判決の第一項は仮に執行することができる。

事実

第一申立て

一  原告

1  被告は原告に対し金二二五八万六八〇〇円及びこれに対する昭和五七年三月二日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

との判決並びに仮執行の宣言を求める。

二  被告

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求める。

第二主張

一  原告の請求原因

1  原告は、次の交通事故により傷害を受けた。

(一) 発生日時 昭和五五年一一月一八日午後二時五分ころ

(二) 発生場所 鳩ケ谷市南二丁目二二番二二号先の丁字型交差点付近の道路上

(三) 被告車 軽貨物自動車(足立四〇か八四八九)

(四) 原告車 原動機付自転車(鳩ケ谷市あ五七二三)

(五) 態様 原告は、原告車を運転して、東方から西方へ向かいながら丁字型交差点に差しかかり、交差点の手前で一時停止をした後交差点に進入し、右折をして北方へ向かい、交差点を通り抜けて衝突地点に達した。被告は、被告車を運転して、北方から南方へ向かいながら交差点に差しかかつたが、中央部分を越えて原告車の進路に進入し、衝突地点で被告車を原告車に衝突させた。

(六) 結果 そのため原告は、道路西端にあつた石塀に激突して、頭部挫傷、顔面挫傷、右膝関節挫傷、右第六肋骨骨折、頸椎捻挫、左前腕挫傷、歯九本折損、副靱帯損傷(膝)の傷害を受け、次のとおり入院又は通院して治療を受けた。

(1) 昭和五五年一一月一八日から昭和五六年四月二二日まで一五六日間、埼玉厚生病院に入院

(2) 同年四月二三日から昭和五七年一月一一日まで、同病院に通院

(3) 同年一月一二日から同月一八日まで七日間、同病院に入院

(4) 同年一月一九日から同年六月二一日まで一五四日間、川口工業総合病院に入院

(5) 同年六月二二日から現在まで、同病院に通院

2  被告は、制限速度の毎時三〇キロメートルを大幅に超えた毎時七〇キロメートルの速度で被告車を運転し、かつ、わき見運転をして、被告車を中央部分から大幅に原告車の進路に進入させ、もつて被告車を原告車に衝突させたのであるから、被告には民法七〇九条の規定による損害賠償責任がある。

3  原告は、事故により次の損害を被つた。

(一) 入通院慰謝料 三二四万円

(二) 逸失利益 一〇七四万七五〇〇円

原告は、事故当時四五歳であり、年齢別平均給与は月額三〇万八三〇〇円(年額三六九万九六〇〇円)であつた。原告は、一〇級の後遺障害を受け、事故発生日から昭和五八年一一月一七日までの三年間、労働能力を一〇〇パーセント喪失した。ライプニツツ方式で中間利息を控除すると、右の金額となる(係数二・七二三二)。

(三) 将来の逸失利益 一〇四二万八二三二円

原告は、昭和五八年一一月一八日から六七歳まであと一九年間稼働することが可能であり、一〇級の後遺障害のため労働能力を二七パーセント喪失した。喪失額は年額九九万八八九二円であり、ライプニツツ方式で中間利息を控除すると、右の金額となる(係数一〇・四三九八)

(四) 入院雑費 三一万六〇〇〇円

入院三一六日、一日一〇〇〇円

(五) 付添看護費 九四万八〇〇〇円

原告の妻が入院期間中(三一六日)付添看護をした。

一日三〇〇〇円

(六) 弁護士費用 二〇〇万円

(七) 治療費(自己負担金) 三〇万円

(八) 後遺障害慰謝料 四〇三万円

4  原告は、3の損害のうち(七)の三〇万円及び(八)の四〇三万円の支払を受けたほか、二六五万円の支払を受けた。

したがつて、原告の損害は、3の(一)ないし(六)の合計額二七六七万九七三二円から既払分の二六五万円を控除した二五〇二万九七三二円となる。

5  そこで、原告は、被告に対し損害金二五〇二万九七三二円のうち二二五八万六八〇〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日の昭和五七年三月二日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する被告の答弁

1  1の(一)ないし(四)の各事実を認める。(五)のうち原告運転の原告車と被告運転の被告車がそれぞれ原告主張の方向に走行し、衝突した事実を認めるが、原告が交差点の手前で一時停止した事実を否認する。(六)のうち(1)の事実を認めるが、その余の事実は知らない。

2  2のうち被告が制限速度を超えた毎時約五〇キロメートルの速度で被告車を運転した事実を認めるが、その余の事実を否認する。

3  3の(一)ないし(三)の各損害を否認し、(四)ないし(七)の各損害は知らないし、(八)の損害を否認する。

原告の後遺障害の程度は一二級であつた。

4  4のうち被告が原告に対し二六五万円を超える金銭を支払つた事実を認めるが、原告主張の損害を否認する。

三  被告の抗弁

1  被告は、昭和五六年九月三日原告との間に示談をなし、原告は、被告に対し、示談に係る金銭のほか、裁判上及び裁判外の請求をしないと約定した。その詳細は次のとおりである。

(一) 被告は、同年五月一日原告との間に次の約定による示談をした。

(1) 被告は、同年五月三一日までの治療費及び傷病手当を負担する。

(2) 原告に後遺障害が生じたときは、被告は、自動車損害賠償責任保険(以下「自賠責保険」という。)による請求手続を責任をもつて実行する。

(3) 被告は、原告に対し、慰謝料、生活費、入院雑費、見舞金等として二六五万円及び入歯代四六万九〇〇〇円を支払う。

(二) 被告は、原告に対し、(一)の(3)の約定に基づいて、慰謝料等二六五万円及び入歯代四六万九〇〇〇円を支払つた。

(三) 次いで、被告は、同年九月三日原告との間に、(一)の(2)の約定に基づいて、次の約定による示談をした。

(1) 原告と被告は、自賠責保険による後遺障害保険金として一二級の二〇九万円が支給されるものと予想し、被告は、原告に対し、後遺障害による損害として二〇九万円を支払う。

(2) 原告は、既に後遺障害保険金として七五万円の支払を受けたので、被告は、原告に対し、残額の一三四万円を支払う。

(3) 一二級・二〇九万円と認定されない場合においても、被告は、原告に対し、過払金の返還を請求しない。

(4) 今後本件に関しては双方とも裁判上又は裁判外において一切異議・請求の申立てをしない。

(四) そして、被告は、原告に対し、(三)の(2)の約定に基づいて、残額の一三四万円を支払つた。

2  ところが、原告は、その後被告に対し更に多額の賠償を要求するに至つたので、被告は、昭和五六年一一月二一日ころ原告に対し、最終的に一〇〇万円を追加して支払うことを約定し、原告は、被告に対し、それ以上の請求をしないことを約定した。

3  また、本件事故は、原告の重大な過失によつて発生した。

すなわち、被告は、被告車を時速約五〇キロメートルで運転し、道路の左車線を直進していた。原告は、原告車を運転して丁字型交差点に差しかかつたが、その手前に設置されていた一時停止の標識を無視して、一時停止をすることなく交差点に進入し、直進していた被告車の進行を妨げる状態で右折しようとした。そのため被告は、直ちにハンドルを右に切り、これを避けようとしたが間に合わず、両車は道路中央部付近で衝突した。したがつて、原告の過失の程度は著しく、八割を超えるものであつた。

4  そして、被告は、原告に対し、損害賠償として、自賠責保険による二〇九万円のほか、みずから前記慰謝料等二六五万円、入歯代四六万九〇〇〇円、入院保証金五万円を支払い、かつ、一〇万円相当の原動機付自転車一台を給付した。更に被告は、高崎社会保険事務所に対し、損害賠償金として二三万三四〇六円を支払つた。

四  抗弁に対する原告の答弁

1  1の事実を否認する。

2  2のうち被告が被告主張のころ原告に対し「一〇〇万円を支払うから、示談してもらいたい。」と申し入れた事実を認めるが、その余の事実を否認する。

3  3のうち被告がハンドルを右に切つた事実を認め、その余の事実を否認する。

4  4のうち原動機付自転車の評価額を否認し、高崎社会保険事務所に対する支払を除くその余の事実を認める。原動機付自転車は二万円相当のものであり、被告は、その主張の二六五万円のうち三〇万円を後日自賠責保険から受領した。

五  原告の再抗弁

1  被告主張の示談は、次の理由により無効なものであつた。

すなわち、原告は、重大な傷害を受け、昭和五七年一月一二日から再入院して手術等の治療を受けたものであり、妻と三人の子を抱え、悲惨な状況の下に置かれていた。被告主張の示談は、被害者の状況に比べ、内容が余りにも低く、被害者にとつて余りにも苛酷なものであつたから、原告の真意に基づいたものでなく、かつ、公序良俗に反するものであつて、無効なものであつた。

2  また、被告主張の示談が有効なものであつたとしても、原告は、昭和五六年一一月二〇日被告との間で、右の示談を合意の上解除した。

六  再抗弁に対する被告の答弁

1  1の事実を否認する。原告は、一二級程度の後遺障害であることを予想し、原告の過失が大きいものであつたことを認め、みずからの明確な意思に基づいて示談をした。

2  2の事実を否認する。

第三証拠〔略〕

理由

一  事故の発生

1  請求原因1の発生日時、発生場所において原告運転の原告車と被告運転の被告車が衝突し、その事故によつて原告が傷害を受けた事実は、当事者間に争いがない。

2  いずれも成立に争いのない甲第九号証の七、九、一〇、一二、一三、証人鶴飼秋彦の証言、原告(第一回)及び被告の各本人尋問の結果(以下「原告の第一回供述。被告の供述」という。)によれば、次の事実を認めることができる。

(一)  事故の発生場所は、北西から南東に通ずる歩車道の区別のあるアスフアルト舗装の直線道路(車道の幅員約四・八メートル。以下「直線道路」という。)と、これに北東からほぼ直角に交差する歩車道の区別のない幅員約四・九メートル、アスフアルト舗装の道路(以下「交差道路」という。)との丁字型交差点付近の直線道路上であつた。

(二)  原告は、買物に行くため原告車を運転して交差道路を北東から交差点に差しかかり、交差点で右折して、直線道路を北西へ向かい直進しようとした。

(三)  被告は、帰宅するため被告車の左側助手席に訴外鶴飼秋彦を乗せてこれを運転し、直線道路を北西から直進して交差点に差しかかつた。

(四)  直線道路と交差道路との相互の見通しは、交差点の北側付近に金網製フエンスがあつたり、背たけの高い雑草が生えていたりしたために、極めて悪かつた。また、交差道路の制限速度は毎時三〇キロメートルであり、交差点の手前に一時停止の標識が設置されていた。

(五)  被告は、交差点に近付いた時、原告車が交差点に進入したのを認め、直ちに急ブレーキを掛けるとともに、ハンドルを少し右に切つたが、間に合わず、直線道路中央部分から約〇・四メートル右寄りの地点で、被告車の前部左側部分(前照灯のやや右側部分)が原告車の前部に衝突した。

そのため原告は、原告車とともに道路上に転倒し、受傷した。

二  原告の傷害の内容及び程度

1  原告が昭和五五年一一月一八日から昭和五六年四月二二日まで一五六日間、埼玉厚生病院に入院して治療を受けた事実は、当事者間に争いがない。

2  原告の第一回供述によりいずれも原本の存在及び成立を認める甲第二号証の一、七、同供述により原告の妻訴外吉村多美江が昭和五七年四月二九日原告の受傷部位を撮影した写真であると認める甲第八号証の一ないし九、弁論の全趣旨によりいずれも成立を認める甲第二号証の二ないし六(同号証の二は原本の存在も認める。)、第九号証の一一、原告の第一回供述及び原告の第二回本人尋問の結果(以下「原告の第二回供述」という。)によれば、次の事実を認めることができる。

(一)  原告は、事故により顔面挫創、右膝関節挫傷及び左第六肋骨骨折を負い、昭和五五年一一月一八日から昭和五六年四月二二日まで一五六日間埼玉厚生病院に入院して治療を受けた。

(二)  原告は、同年四月二三日から同年七月一六日までの間に七日間、埼玉厚生病院に通院して治療を受けた。

(三)  原告は、外側側副靱帯損傷の治療のため昭和五七年一月一二日から同月一八日まで七日間、埼玉厚生病院に入院し、その後同月一九日から川口工業総合病院に入院して、同月二五日右膝後十字靱帯再建術を受け、ギプス固定、機能回復訓練等を受けて、同年六月二二日同病院を退院した(入院期間一五五日)。

(四)  原告は、同年六月二三日から川口工業総合病院に通院して、右膝関節の機能回復訓練等を受けていたが、同年一〇月一日をもつて症状が固定したものと診断された。

しかし、右膝関節には伸展マイナス二〇度(自動)ないし一五度(他動)、屈曲マイナス九五度(自動・他動とも)の運動制限が残存し、膝蓋腱内側の圧痛、膝蓋下部外側の知覚鈍麻、右側の著明な跛行が認められた。

3  そして、いずれも成立に争いのない甲第一二号証の一、二、第一三号証の一ないし四、原告の第一回供述により成立を認める甲第一四号証、原告の第一、二回供述によれば、原告は、症状固定後においても川口工業総合病院に通院して機能回復訓練等を受けていたが、昭和五七年一一月一七日身体障害者福祉法に基づいて埼玉県知事から四級の身体障害者手帳の交付を受け、同年一二月二五日ころ訴外千代田火災海上保険株式会社から後遺障害が一〇級一一号に該当すると認定された事実を認めることができる。

4  また、いずれも成立に争いのない甲第一〇号証の五、六及び原告の第一回供述によれば、原告は、事故によつて前歯数本を折損し、これを治療したものの、これについて一四級二号に該当する後遺障害を残した事実を認めることができる。

三  責任原因

1  被告の過失

(一)  前記甲第九号証の七、九、一二、一三及び被告の供述によれば、被告は、被告車を運転して、直線道路の左側部分中央寄りを時速約五五キロメートルで走行しながら交差点に差しかかつたところ、交差点に進入した原告車を前方約一四・七メートルの地点に認めたので、直ちに急ブレーキを掛け、ハンドルを少し右に切つたが、ブレーキの効果が生ずるまでに至らない状態で被告車を原告車に衝突させ、衝突地点から約一八・四メートル走行して被告車を停止させた事実を認めることができ、右の認定に反する証人鶴飼の証言及び原告の第一回供述は、前掲の各証拠と対比していずれも信用することができず、他に右の認定を左右するに足りる証拠はない。

(二)  ところで、前記認定のとおり事故の発生場所が丁字型交差点付近であり、直線道路からは交差道路の見通しが悪かつたのであるから、被告は、直線道路を直進しながら走行していた者であつたとしても、交差道路から交差点に進入する自動車・自転車等の有無・動静に気を付け、その安全を確認して走行すべき注意義務があつたものというべきである。

ところが、前記甲第九号証の九、一二及び被告の供述によつても、被告が交差道路から交差点に進入する自動車・自転車等の動静について注意を払つたとの事実を認めることはできず、しかも、被告は、時速約五五キロメートルのまま交差点を通過しようとしたのである。

(三)  したがつて、被告は、丁字型交差点を通過するに際し、交差道路からの交通状況を確かめず、かつ、危難を避けるのに十分な速度に減速しなかつた点において、注意義務を怠つた過失があつたものと認めるのが相当である。

2  原告の過失

(一)  前記認定のとおり交差道路には一時停止の標識が設置され、しかも、交差道路からは直線道路の見通しが悪かつたのであるから、原告は、交差点の手前で原告車を停止させ、直線道路の交通の安全を確かめた上で、交差点に進入すべき注意義務があつたものというべきである。

(二)  ところで、前記甲第九号証の一〇及び原告の第一回供述によれば、原告は、交差点の手前で原告車を停止させた上、直線道路の左右からの交通状況を確かめたというのであるが、証人鶴飼の証言及び被告の供述によれば、原告車は、交差点で右折する際に、車体を右側に深く傾斜させていたので、相当早い速度で交差点に進入したのであり、このことから原告は、交差点の手前で原告車を停止させずに、高速のまま交差点に進入したものと推測することができるというのである。

右の相反する供述のうちいずれを信用すべきであるのか、これを判定するのは難しいのであるが、前記甲第九号証の七によれば、両車の衝突による衝撃によつて、原告は、衝突地点から約八・一メートル後方に転倒し、原告車は衝突地点から約一二・五メートル斜め右後方に転倒した事実を認めることができる(なお、この認定に反する前記甲第九号証の一三は、時日が経過した後に作成されたものであるから、これを信用しない。)ので、この事実に照らせば、証人鶴飼の証言及び被告の供述をもつて原告の第一回供述等を覆すに足りるものと見るのは相当でないというほかない。

(三)  そこで、前記甲第九号証の一〇、一三及び原告の第一、二回供述によれば、原告は、原告車を運転して交差点に差しかかり、交差点の手前で原告車を停止させた上、直線道路の右方約六〇メートルの地点に接近中の被告車を認め、次いで左方約一三メートルの地点に交差点を左方から右方へ通過しようとしていた自動車を認めたので、その自動車が交差点を通過した後に、原告車を発進させ、時速約二〇キロメートルで交差点を右折した事実を認めることができる。

右の事実によれば、原告は、まず右方約六〇メートルの地点に接近中の被告車を認めたのであるが、次いで左方から交差点に向かつていた自動車を認め、その通過を待つて原告車を発進させたというのであるから、原告としては、その間にも被告車が交差点に接近していたことを考慮に入れ、再度右方から接近中の被告車の動静を確かめた上で、交差点に進入すべきであつたものというべきである。

(四)  それなのに、原告は、被告車の動静を再度確認しないまま、被告車の直近前方(約一五ないし二〇メートル前方)で交差点に進入し、右折を開始したのであるから、原告にも事故の発生について過失があつたものと認めることができる。

3  過失の割合

前記1及び2に認定した双方の過失の態様によれば、原告は、交差点に進入する際に右方から接近していた被告車の動静を再度容易に確認することができたのに、これを確認せず、漫然と交差点に進入したため、事故が発生するに至つたものと見ることができるから、事故の発生については原告の過失が大きく寄与したものということができ、原告の過失は少なくとも六割に当たるものと認めるのが相当である。

四  示談

1  示談の成否

いずれも成立に争いのない甲第七号証の一、二、乙第一、第二号証、いずれも原本の存在及び成立に争いのない乙第三ないし第一〇号証、原告(第一回)及び被告の各供述によれば、次の事実を認めることができる。

(一)  被告は、原告に対し、損害の一部として、原告から求められるまま随時金銭を支払つていたが、昭和五六年五月一日原告との間に次の約定による示談をした。

(1) 被告は、同年五月三一日までの治療費及び健康保険による負担金を支弁する。

(2) 原告に後遺障害が生じたときは、被告は、自賠責保険による請求手続を責任をもつて実行する。

(3) 被告は、原告に対し、慰謝料、生活費、入院雑費、見舞金等として二六五万円及び入歯代四六万九〇〇〇円を支払う。

(二)  被告は、原告に対し、(一)の(3)の約定に基づいて、同年三月三一日入歯代四六万九〇〇〇円を支払い、同年五月一日慰謝料等二六五万円を支払つた。

(三)  次いで、被告は、同年九月三日原告との間に後遺障害による損害について次の約定による示談をした。

(1) 後遺障害は一二級七号に認定されるものと予想し、被告は、原告に対し、後遺障害による損害として二〇九万円を支払う。

(2) 原告は、既に後遺障害による損害の賠償として自賠責保険から七五万円の支払を受けたので、被告は、原告に対し、残額の一三四万円を支払う。

(3) 後遺障害が一二級と認定されない場合においても、被告は、原告に対し、過払金の返還を請求しない。

(4) 今後本件に関しては双方とも裁判上又は裁判外において一切異議・請求の申立てをしない。

(四)  そして、被告は、同年九月三日原告に対し、後遺障害による損害として一三四万円を支払つた。

以上の認定事実によれば、被告主張の抗弁1の示談が成立したと認めることができる。

ところで、被告は、抗弁2のとおり示談が成立したと主張し、本人尋問においてこれに符合する供述をしているが、被告の供述は、原告の第一回供述と対比してたやすく信用することができず、他に被告の右主張事実を認めるに足りる証拠はない。

2  示談の解約

原告は、再抗弁2のとおり前記1に認定した示談を合意解除したと主張するのであるが、原告の右主張事実を認めるに足りる証拠はない。

もつとも、前記甲第七号証の一及び乙第二号証並びに成立に争いのない甲第一〇号証の四には、「昭和五六年九月三日の示談書にある一三四万円を、双方納得の上、原告が被告に返還した。」と記載されているのであるが、被告の供述により原本の存在及び成立を認める乙第一一号証並びに同供述によれば、被告が同年九月三日原告に支払つた一三四万円については、後日被告が自賠責保険から同額の金銭を受領することとなつたので、原告の発案に基づき、同年一一月二〇日前記示談書二通及び念書に右のような文言を記載するに至つたものであり、現実に原告が被告に一三四万円を交付したことはなかつた事実を認めることができるのであるから、甲第七号証の一、第一〇号証の四及び乙第二号証をもつて原告の右主張事実を証する書証に当たると見ることはできないのである。

3  示談の効力

原告は、再抗弁1のとおり前記1に認定した示談が無効であつたと主張するので検討するに、前記認定のとおり原告は、後遺障害が一二級七号に認定されるものと予想し、これを前提として被告との間に示談をしたのであるが、前記甲第二号証の二、四及び原告の第一回供述によれば、原告は、昭和五六年五月ころから右膝関節膣内に漿液が貯留するようになり、同年八月二〇日ころにはそれが少量であつたものの、時日が経過するにつれて増加し、昭和五七年一月二五日右膝後十字靱帯再建術を受けるに至つた事実を認めることができるのであつて、前記認定のとおり原告は、同年一二月二五日ころ後遺障害が一〇級一一号に該当すると認定されたのである。

したがつて、右の事実に照らせば、原告は、全損害を正確に把握し難い状況のもとにおいて、早急に小額の賠償金をもつて満足する旨の示談をしたものと見るのが相当であるから、示談によつて原告が放棄した損害賠償請求権は、示談当時予想していた損害についてのもののみと解すべきである(最高裁判所昭和四三年三月一五日第二小法廷判決参照)。

してみれば、前記1に認定した示談における(三)の(4)の約定は、当事者の合理的意思に合致するものと解することが相当でないことにおいて、無効なものというべきである。

また、原告が本訴において右の示談が無効であると主張し、他方、被告が本訴において過失相殺を主張していることにかんがみると、被告が原告に対して賠償すべき損害額を算定するに当たつては、右の示談における(三)の(4)の約定以外の各約定についても、当裁判所はこれに拘束されないものと見るのが相当である。

五  損害

まず、損害の全額を把握することが必要である。

1  休業損害

(一)  前記甲第一三号証の一ないし四によれば、原告は、昭和一〇年五月一八日生まれの男子であることを認めることができ、いずれも成立に争いのない甲第五号証の一、二(同号証の一は原本の存在も争いがない。)、原告の第一回供述により成立を認める甲第四号証及び同供述によれば、原告は、昭和五五年二月から訴外砂賀産業株式会社に営業部員として勤務し、事故当時には月額約一八万円の収入を得ていたが、昭和五六年五月三一日をもつて同会社を退職し、同年一二月一日から生活保護法による生活扶助・住宅扶助・教育扶助を受給するに至つた事実を認めることができる。

また、前記二に認定したとおり原告は、事故の翌日の昭和五五年一一月一九日から入院治療のため休業し、昭和五七年六月二二日退院したものの、その後も通院を続けて、同年一〇月一日症状固定と診断され、同年一二月二五日ころ後遺障害が一〇級一一号に該当すると認定されたのであつて、原告の第二回供述によれば、原告は、口頭弁論終結時の昭和五八年一〇月三日まで就労していなかつた事実を認めることができる。

(二)  右の事実に照らせば、原告は、事故の翌日から症状固定時までの約二二・五箇月間は一〇〇パーセントの休業損害を被つたと認めることが相当であるとしても、その翌日から口頭弁論終結時までの約一二箇月間は二七パーセントの限度において休業損害を被つたと認めるのが相当であり、これを超える部分は事故との間に相当因果関係がないと見るのが相当である。

また、原告の収入額については、症状固定時までは、昭和五五年賃金センサス第一巻第一表の産業計・男子労働者・一〇~九九人・新中卒・四五~四九歳の数額に従い、年収二八九万二六〇〇円(きまつて支給する現金給与額二〇万三七〇〇円、年間賞与等四四万八二〇〇円)と認定し、症状固定時から後のものは、昭和五七年賃金センサス第一巻第一表の同種欄の数額に従い、年収三二一万四八〇〇円(きまつて支給する現金給与額二二万七二〇〇円、年間賞与等四八万八四〇〇円)と認定するのが相当である。

(三)  右の(二)に従い、口頭弁論終結時までの休業損害を算出すると、症状固定時までが五四二万三六二五円、その後が八六万七九九六円となり、その合計額は六二九万一六二一円となる。

2  逸失利益

(一)  原告は、口頭弁論終結時からあと一九年間稼働することが可能であると推認することができるのであるが、前記認定の後遺障害に照らせば、原告の逸失利益としては、あと一五年間、労働能力二七パーセント喪失の限度において認容するのが相当である。

(二)  これに従い、年五分の割合による中間利息をライプニツツ方式により控除して、口頭弁論終結時における逸失利益の現価を算出すると、年収三二一万四八〇〇円の二七パーセントに係数一〇・三七九六を乗じて、九〇〇万九四五一円(円未満四捨五入による。以下同じ方法による。)となる。

3  入院雑費

原告の入院期間は合計三一八日であり、傷害の部位・程度から見て一日当たり五〇〇円の限度において認容するのが相当である。これによると、その合計額は一五万九〇〇〇円となる。

4  付添看護費

前記甲第二号証の一によれば、原告は、昭和五五年一一月一八日から同月二四日まで七日間、埼玉厚生病院において付添看護を要する状態にあつた事実を認めることができ、右の事実に照らせば、原告は、川口工業総合病院においても右と同じ程度の期間付添看護を要する状態にあつたものと推認することができる。原告は、入院期間中妻が毎日付添看護をしたと主張するのであるが、この主張事実を認めるに足りる証拠はない。

そこで、付添看護を要した期間を三〇日の限度において認容し、妻の付添看護費を一日当たり三〇〇〇円と認めるのが相当である。これによると、その合計額は九万円となる。

5  慰謝料

原告は、三一八日間入院し、そのほかにも通院して治療を受けたが、一〇級一一号に該当する後遺障害を残した。そして、原告の第一、二回供述によれば、原告は、今なお右膝に動揺感及び痛みを残している事実を認めることができるのであるが、前記甲第二号証の七によれば、原告の右膝の靱帯性動揺は多少残存すると思われるものの、右膝の運動制限は改善される見込みがある事実を認めることができる。

そこで、原告主張の入通院及び後遺障害による慰謝料としては、原告の過失を除くその余の諸事情を考慮し、五〇〇万円の限度において認容するのが相当である。

6  治療費

前記甲第七号証の一、二、乙第一、第二号証、いずれも成立に争いのない乙第一二、第一三号証、原告(第一回)及び被告の各供述並びに弁論の全趣旨によれば、次の事実を認めることができる。

(一)  原告の埼玉厚生病院における治療費は、当初自賠責保険の給付金により支払われていたが、被告の申出によつて、途中から原告の健康保険による給付金及び自己負担金によつて支払われるようになつた。原告は、同病院に対し、昭和五七年一月一一日までの自己負担金として三〇万円を支払つた。

(二)  健康保険から医療機関に対する診療費として、当初一〇七万三八四〇円が支払われた後、昭和五七年八月一日から一二月三一日までの診療費として九万三一九〇円が支払われた。この合計額は一一六万七〇三〇円となる。

(三)  原告は、入歯代として四六万九〇〇〇円を要した。

7  歯の後遺障害による損害

前記甲第七号証の一、第一〇号証の五、六及び原告の第一回供述によれば、原告は、歯の損傷による後遺障害が一四級二号に該当するものと認定された事実を認めることができ、これによればその後遺障害による損害として七五万円の損害を被つたものと認めるのが相当である。

8  膝装具代

原告の第一回供述によれば原本の存在及び成立を認める甲第六号証、原告の第二回供述によりいずれも原本の存在及び成立を認める甲第一五号証の一ないし三並びに原告の第一、二回供述によれば、原告は、膝装具代として、昭和五七年三月一八日に七万九七五〇円、昭和五八年九月一四日に五万六〇〇〇円を支払つた事実を認めることができる。

9  原告車の破損

前記甲第九号証の七及び原告の第一回供述によれば、原告車は、フロントフオーク、左側バツクミラー、右前部方向指示器、荷かご等が破損した事実を認めることができる。

10  してみれば、原告に生じた損害は、1ないし5、6の(一)、(三)、7及び8の合計額二二二〇万四八二二円並びに9の原告車の破損ということになる。

なお、6の(二)の健康保険による診療費の支払は、健康保険法の規定に基づく給付であつて、原告の負担に帰すべきものではないから、原告に生じた損害とはならないものである。

また、弁護士費用については、後記八に認定したとおりである。

六  過失相殺

前記三の3に認定した原告の過失割合に照らし、かつ、諸般の事情を考慮して、被告に賠償させるべき損害としては、前記五に認定した損害のうち、1、2、5及び7の合計額二一〇五万一〇七二円の六割に当たる一二六三万〇六四三円を減額するのが相当であり、これによれば、原告車の破損を除く原告の損害は、九五七万四一七九円となる。

七  損害の填補

1  原告が自賠責保険から二〇九万円の支払を受けた事実は当事者間に争いがなく、前記甲第一四号証及び弁論の全趣旨によれば、原告は、後遺障害による損害として、後日一〇級に認定されたことに伴い、右の二〇九万円を含め総額四〇三万円の支払を受けた事実を認めることができる。

なお、前記甲第一〇号証の五、六によれば、原告は、歯の後遺障害による損害として、自賠責保険から、七五万円の支払を受けた事実を認めることができるが、前記甲第七号証の二、原告の第一回供述及び弁論の全趣旨によれば、当初一四級の後遺障害による損害として支払われた七五万円は、後日二〇九万円の内入弁済とされた後、最終的に四〇三万円の内入弁済とされるに至つた事実を認めることができる。

2  原告は、健康保険による自己負担金として支払つた三〇万円について、後日第三者からその支払を受けたと自認している。弁論の全趣旨によれば、自賠責保険の給付によるものと推認することができ、これも損害の填補に当たると見るのが相当である。

3  被告が原告に対し慰謝料、生活費、入院雑費、見舞金等として二六五万円、入院保証金として五万円、入歯代として四六万九〇〇〇円を支払つた事実は当事者間に争いがない。右の合計額は三一六万九〇〇〇円となる。

4  被告が原告に対し原動機付自転車一台を給付した事実は当事者間に争いがないところ、その評価額については争いがあるのであるが、原告車の破損による損害は、右の給付をもつて填補されたものと認めるのが相当である。

5  前記乙第一二、第一三号証、成立に争いのない乙第一四号証及び被告の供述によれば、被告は、高崎社会保険事務所長から健康保険法六七条の規定に基づく損害賠償の請求を受けて、同所長に対し、二回にわたつて合計二三万三四〇六円を支払つた事実を認めることができるが、右の支払は原告に生じた損害の賠償に当たるものでないから、これを損害の填補として算入することはできない。

6  したがつて、損害の填補額は、1ないし3の合計額七四九万九〇〇〇円となる。

7  そこで、前記六に認定した損害額から右の填補額を差し引くと、その残額は二〇七万五一七九円となる。

八  弁護士費用

前記の七の7に認定した認容額その他諸般の事情を考慮し、被告に負担させるべき弁護士費用としては、二〇万円の限度において認容するのが相当である。

九  結論

以上の次第であるから、原告の本訴請求は、被告に対し損害金合計二二七万五一七九円及びこれに対する訴状送達の日の翌日の昭和五七年三月二日(これは記録上明らかである。)から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度において正当であり、これを認容すべきであるが、その余の支払を求める部分は失当であつて、これを棄却すべきである。

そこで、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条、九二条本文を、仮執行の宣言について同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 加藤一隆)

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